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1-28 ふたりの時間

Author: 柚月なぎ
last update Last Updated: 2025-04-28 10:14:35

 多くの人で賑わう都の盛り場は、様々な店が立ち並ぶ。

 昼を知らせる鐘が鳴り、ふたりは丁度目の前にあった食事処へ入った。無明や白笶の衣を見た店主は、他の客たちがいる一階ではなく、二階のさらに奥の部屋に通す。

 任せると言われたので適当に料理を頼むと、少しして頼んだ料理が運び込まれ、丁寧に低い机の上に並べられた。

「紅鏡の料理はどれも美味しいんだけど、碧水の料理とはやっぱり違う?」

 大皿にのった料理を少しずつ皿にのせて、白笶の前に差し出す。

「どうしてあの時、晦冥にいたの?」

 今更だが、なぜ昨夜、あんな場所に偶然居合わせたのか。それがどうしても気になっていた。あんな場所、普通なら頼まれても訪れたいと思う者はいないだろう。

「毎年、この時期に訪れている」

 寄せられた料理を口にしながら、表情を変えずに白笶は淡々と答える。どうして訪れているのか、と訊きたかったが止める。

「そっか。でもそのおかげで俺も竜虎も命拾いしたってことだね。公子様は、あの六角形の赤い陣、見たことはある?」

「あれは、······かつてあの地を支配していた、烏哭の宗主が作り出した陣のひとつに似ていた」

 箸を置き、真っすぐにこちらを見つめてくる。無明はその灰色がかった青い瞳に、吸い込まれそうになる。

 紅鏡の者は紫苑色の瞳の者が多いが、碧水の者は瞳が青いらしい。生まれた地で色が違うため、どこから来たかはその瞳の色で解る。ちなみに翡翠の色は光架の民の特徴らしい。

「けど、ずっと昔に伏魔殿に封じられてるひとの陣が、どうしてあんな場所に?」

「烏哭の一族は一族といっても血の繋がりはなく、邪神を崇拝する術士たちもひと括りにされていたという。彼らが陣を模していても不思議ではない」

 すっと伸びた背筋は凛としていて、抑えていても低く響くその声は説得力がある。

「どうしてそんなことまで知ってるの? 古い書物にも載っていないのに、」

 陣のこともそうだが、まるで見てきたように語るので、不思議でならなかった。数百年前の記述は、その当時の神子が自分の魂を犠牲にして、伏魔殿にすべての邪を封じたと書いてある。

 しかし烏哭の一族に関する記述は、ほとんどなにも残っていない。妖者や鬼を操りこの国を手に入れようとしたが、神子によって封じられた、という事実のみ。

「······碧水にある蔵書閣で、当時のことを記した記述を読んだ」

「蔵書閣? そこにはそういう珍しい書物が、いっぱいあるの?」

 ああ、と白笶は頷く。いいなー、行ってみたいなーと無明はバタバタと行儀悪く足をばたつかせる。

「書物に興味があるのか?」

「紅鏡にある書物は、ほとんど読んじゃったからなぁ。読んだことのない書物は、興味があるよ!」

 いつの間にか、正面に座っていたはずの無明は白笶の隣に移動していて、蔵書閣にあるさまざまな書物の話に聞き入っていた。

 その後も無明の問いに、白笶が短く答えるというやり取りが続き、何度目かの時を知らせる鐘が鳴り響いた頃、はた、と気付く。

 話に夢中でまったく気にしていなかったが、無明は白笶の左側にぴったりとくっつき、膝に頬を預けて見上げるように座っていた。自分の中で一番楽な姿勢だった。

(俺、もしかしてものすごく油断してる?)

 それくらい、居心地が良い。

 急に言葉が止まった無明を黙って見下ろしてくる白笶の表情は、やはりどこまでも無に近いが、別に冷たいとは思わない。

「あー······えっと、そろそろ戻らないと、」

 そうだな、と静かに頷く。先に立ち上がって部屋の隅を占領していた荷物を抱え、空いている右手を無明に差し出す。

「あ、ありがとっ」

 一瞬戸惑ったが、慌ててその手を取る。まるで、それが当たり前であるかのように手を差し出されたので、驚いた。

「ねえ。公子様は、いつもこんな風に色んなひとを甘やかしてるの?」

 覗き込むように訊ねてくる無明は、どこまでも純粋で、真っすぐだった。何と答えればいいか無言になった白笶だったが、

「····君にだけ」

 と、真面目に答えた。

✿〜読み方参照〜✿

紅鏡(こうきょう)、碧水(へきすい)、晦冥(かいめい)、光架(こうか)、烏哭(うこく)、妖者(ようじゃ)

白笶《びゃくや》

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